2009年1月1日
(財)大阪漢方医学振興財団 伊藤 良
名誉会長 医学博士に聞く
新年あけましておめでとうございます。今年も診療所職員一同、みなさまの健康をお守りするため一所懸命がんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
中西医学102号のトップ記事は当財団の名誉会長・伊藤良医学博士のインタビューです。先生は60年以上、漢方一筋で治療に専念された方で、日本有数の漢方医です。
”漢方薬も西洋薬も薬は全て毒”
- 漢方薬は草の根っこ、木の皮などが材料で安全と聞きますがそうですか。
「そんなことはありません。もともと薬は全て毒なんです。それは漢方薬も西洋薬も同じです。全て毒です。それをどのように使うか、どのような量で使うかによって薬になるのです。サリドマイドは発売中止になったでしょ。使う量が多かったからです。しかし今度サリドマイドを難病に使うことが厚労省で許可になりそうです。量と適応症をしっかり見極めればサリドマイドもいい薬なのです」
”漢方薬は何万年に渡る人類の智恵の蓄積”
- 漢方薬の起源は。
「漢方薬は草の根、マンモスの骨などあらゆるものを何万年に渡って嘗めたりかじったりして“ああこれは何に効くんだな”と特定しながらできたもので、いわば何万年に渡る人類の智恵の蓄積です。その間に奪われた人命は無数にあったでしょう。私たちは先人たちの尊い犠牲のおかげで今よく効く漢方薬の恩恵にあずかっているわけです」
”風邪を治すにも何十種類もの漢方薬がある”
- 今、風邪が流行っていますが。
「風邪と簡単に言いますが、漢方には風邪を治すにも何十種類もの薬があります。ひと口で風邪と言っても患者さん一人ひとり症状は違うのです。元気のいい風邪、元気のない風邪、寒気のある風邪、寒気のしない風邪、汗が出る風邪、出ない風邪、全部違う。だから風邪薬だけでもたくさんあるのです。
西洋医学のお医者さんに行ってごらんなさい。出される薬は鎮痛解熱剤と抗生物質と決まっています。“抗生物質までいらんじゃないか”と思う人にまで抗生物質を出す。元気な人はそれでいいんですが、弱い人は死んでしまう。この間もあったじゃないですかインフルエンザの特効薬と言われたタミフルを飲んでビルの上から飛び降りて死んだ話が。よく効く薬であればあるほど適応症を間違うと毒性を発揮するのです」
”好きなものは食べ過ぎない嫌いなものも少しは食べる”
- 漢方では“医食同源”と言いますね。
「誰でも好き嫌いがありますがあって自然なのです。漢方では好きなものは身体にあっていると考えます。だから私は患者さんにいつも言うのです。好きだからと言って食べ過ぎないこと、嫌いなものも少しは食べるように、と。それが食事療法の基本です。
私の漢方の師匠は“わしは五味を信じとる”とよく言ってました。甘い、苦い、辛い、塩辛い、酸っぱいを五味と言いますが、自分の舌で五味を感じてその食感で身体にいいか悪いか判断するという意味です。動物は犬でもネコでも病気になると草を食べるでしょ。普段は食べないのに。本能で病気を治す術(すべ)を知っているのです。人間も妊娠すると味覚が変わりますね。身体がその食べ物の持つ栄養素を求めているのです」
”身体にやさしい漢方薬”
- 先生にとって漢方の魅力は。
「非常に人間にやさしいところです。漢方薬は身体にやさしい。だから極端な話、二番煎じ、三番煎じまで飲んでいるという人がいます。決しておいしくないのですよ。病気でない人が飲んだら“こんなもの飲めるか”と言う味です。しかし、患者さんにとってはおいしくて 仕方がないと言います。捨てるのがおしいと。漢方薬が身体に合うとそうなんですよ。その人にとっては最高の味なんです。
私も毎日漢方薬を飲んでいます。40年来一日も欠かしたことがありません。味が合ってるかどうか、胃の具合はどうか判断しながら飲むのですが、知らず知らずのうちに自分の身体に合うものを探しているところは、人間も動物と同じですね」
”脈を診て投与する薬を判断する”
- 漢方でよく脈を診られますが。
「必ず脈を診ます。漢方治療の基本です。昔はたくさんありましたが宋の時代に整理され28脈になって今に続いています。脈は患者さんによってホントに違います。
何を診るかと言うと血の流れを診ているのです。血の流れは心臓の力もあるし、末梢血管の抵抗もあります。例えば血流に力があるかないか、早いのか遅いのか、不整脈はないのか、なめらかに流れているかなどです。それによって生命力の強さ、病気の勢いが分かり、お出しする薬が異なります。
例えば、脈を握ってすぐ触れたらこの病気は浅いと診ますし、グッと押さえてしか触れない場合は気分が沈んでいると診ます。ピーンと張っていればどこかに痛みがあります。生命力があるかどうか、どの程度病気を治す力があるか。この症状は初期か末期かなどを診てどのような薬を与えるべきかを判断するわけです」
”健康に生きるには意欲が一番大切”
- 人間が生きていくために一番大切なことは何ですか。
「希望でしょうね。意欲があるかないか、それが健康に生きる上で一番大切です。年をとっていても何かをやろうとする意欲があれば人間は健康に生きることができます。意欲がなかったら20歳の若者でも年寄りのようです。
70歳、80歳でも何か社会に貢献している、人のためになっていると言う人は若く見えますね。人間は結局、人と人とのつながりが大事なんですよ。その中で自分はどういう役割をしているかです。希望ですね、希望がある限り人間はイキイキとして生きることができます」