わが国は高齢者社会を迎え、4人に1人が65歳以上になると言われています。また高齢者は他の年齢層と比べ、これまでの生活環境の違いなどから、健康面において個人差が大きいことも指摘されています。しかし昭和の時代からがんばってこられたお年寄りに、元気にイキイキと、長寿の喜びを楽しんでいただくことは非常に大切です。"身体にやさしく、お年寄りにやさしい漢方医療"という視点から中本先生に話を聞きました。
患者さんの身体の中で何が起きているか
―漢方は身体にやさしいと言われます。
「人間の身体は60兆個の細胞からできていて、一説には1日に1兆個もの割合で入れ替わっているといわれています。この細胞の生まれ変わりを徐々に助けながら治療を行うのが漢方の特徴で、気が付いてみたら"自然に調和がとれている"ということになります。
漢方を続けておられる年配の方にはには若々しい方が多いです。"元気なので周囲の人にビックリされるんですよ。漢方のおかげです"とお礼を言われることもよくあります。患者さんは"身体を大事に使う"ことを強く意識されていますね」
―診察では患者さんの話をよく聞かれる。
「それが漢方の基本です。私たちは診断することを弁証と呼びますが、患者さんに"どういうことが起こって今の病態になったのか"をしっかり聞きます。
西洋医学ですと、全部ではないけれど、すぐに検査にたよりがちです。漢方でも検査はしますが、弁証をとても大切にするので、まず患者さんの身体の中で、今何が起こっているか知ろうとするわけです。
診察では、話を聞きながら、脈をみたりお腹を触ったりします(四診)。客観的に状態をとらえ、例えば"胃がうまく働いていないようですが、どうしました"と聞くと、患者さんの方が"あっそうそう。たいしたことがないと思って忘れていたが、最近、ちょっと重たいのです"と言われる。患者さんにとっては、検査結果の数字で判断されるのでなく、自分が感じている身体の変化を指摘されるので"わかってくれている"と感じて頂けるようです」。
水はよいが"飲めばよい"わけでもない
―水を飲むのがよい、とよく薦められますが。
「テレビでもよく水を飲めと言うのを見ます。しかし"あなたの体はどれだけ代謝できてますか"ということは聞きませんね。ほんとは体質や生活状況、年齢によって水分のとりかた、飲むタイミング、それに付随してある人は冷やしてはだめだとか、いろんな大切なことがあります。
水をごくごくと飲むだけでなく、食事にも気をつけていただくとよいですね。日本食は水分を多く含みます。かむこと、胃腸が動くことも大切です。
確かに、人間は水を飲まないと生きていけませんから100%間違っているわけではありませんが、注意していただきたいのは、代謝が悪いため、飲んだ水がすぐ体液に変わらないお年寄りも多いということです」
高齢者は体の冷やしすぎに注意
―代謝というのは。
「高齢者の場合、夏はまずはあまり体を冷やしすぎないこと。同時にジイッとばかりせず、座っていてもいいから、足首を動かすとか、ふくらはぎをマッサージしたり、体を動かしてください。体を動かすということは、筋肉を動かすことで、筋肉には必ず血が通っていますから、筋肉が少ないということは血のめぐりもよくないということです」
簡単な体の動きをクセにする
―先生は高齢者にもっと体を動かせと。
「誤解しないでほしいですが、それは高齢者に向いた体の動きです。運動が必要というと、みなさん"歩く"と言われます。しかしお年寄りの場合は、歩いてバランスを崩される方もおられるし、いきなり暑いところを歩かれると熱中症にもなりやすいです。適度な涼しいところでいいので、足首をまわすとか、八段錦や足助式医療體操のような、家の中でできる方法で体を動かせばよいと思います」
―家の中でするだけで効果が上がりますか。
「あります。大切なことはそれを継続してされることです。簡単な体の動きをクセにすればいいです。外の暑いところを、無理して歩かれなくとも、寝転がって足首をゆっくり回すだけでもまたは伸びをするだけでもいいということです」
―高齢者が食事で注意することは。
「よく噛むことです。"水も噛んでください"と私よく言います。年齢とともに唾液が出にくくなると、よくむせたりしますし、口の中がカラカラになるという方もいます。
唾液分泌がうまく行われるためにも、口が乾いたときなど水を一口含んで、10回か20回よく噛んでください。噛むことは胃腸に対して"今から入るよ"というシグナルを送ることにもなります。
貝原益軒は養生訓の中で"汚い痰は捨ててもいいが、ツバは吐いてはいかん"と言っています。大事な消化酵素だからツバも飲み込めと言うのです」
食べ物は偏らないこと
―食べ物の種類では。
「やはり偏らないことが大切です。それと、面倒くさがって、野菜を生野菜ばかりにしないことです。根菜類から得られる水分とかミネラル分はとても重要です。青いお野菜とか緑黄色野菜(ほうれん草、ブロッコリー、かぼちゃ、豆類)と呼ばれるものの中には、最近増えている黄斑変性症という、目の奥の血管の病気を予防するルティンという成分が含まれています。
サッと一手間かけてゆがいて、毎日ちょっとずつ何かをミックスして食べていくと、知らないうちに予防することになります」
自分の体に備わった能力を生かす
―サプリメントなんかは必要ありませんか。
「サプリメントに頼って、これを1日何錠飲めばいいとか、あれを何粒飲めばよいとかよく言われます。補助としてとり入れるといいのですが、一手間かけてできることや、自分の体に備わった能力を使うことを優先されたらと思います」
―つまり、よく噛むこと。
「そうです。噛んで唾液が出れば胃腸が動くし、そうすると胃液が出てき、腸液も出て、順番に色々な消化酵素が出てきます。唾液も立派な消化酵素のひとつです。
"どんなサプリメントがいいんですか"と聞く前に、自分の体に備わった能力を生かした食事を常にやっておかれればと思うのです。昔の人や今、元気な人はそういう食事をしてきた方だと思います。昔、サプリメントはなかったですから」