平安時代に、すでに『医心方』という、全30巻の医学書があって、その中の1巻は“美容”だけについて記されているそうです。美容皮膚科の歴史の深さが分かります。また漢方では、皮膚疾患であっても、根本的な治癒を目指すため、時には内面だけの治療で病気を治すこともあるそうです。中本先生から話を聞きました。
平安時代の美人の条件
―最近は美容皮膚が盛んですね。
「必ずしも最近とは言えません。平安時代に丹羽康頼が著した『医心方』という医学書が、全30巻で編纂されていますが、その中の第4巻は“美容編”で、全て美容だけについて記されています。第4巻は24章あり、その内、第1章から第8章までは育毛、養毛、脱毛など髪や髭に関する手入れや治療法です。毛髪・マユで気血の勢いを判断しました。その他にも様々な瘡、ニキビ、シミ、イボ、ホクロなどの治療について記されています。
当時、特に女性の場合、扇で顔を隠していましたので、美しいかどうかは肌の色の白さや髪の生え際、黒髪のつややかさを対比して“いと美しき”となっていたようです。それが平安時代の美人の条件なんですね」
―女性が求職するとき、肌を調べたとか。
「位の高い人や乳母などで宮中に仕えるには、女性の場合、ホクロの位置やキズなどで吉凶をみたり、灸の痕をみてどんな病気を治した痕かを観察したそうです。江戸時代にも“証湯(あかしのゆ)”というお風呂に入れて、全身を確認した記述が残っています。採用されたい側にすれば、エリートコースですから、お灸の跡やキズ痕を消したいと思ったでしょうし、ホクロなどのできものがあれば、それを治したかったと思います」
意外に効く当時の美白剤
―美容皮膚は当時から必要だったんですね。
「大半が髪、ヒゲ、マユなど毛に関する治方とキズあとを治し、肌の色を白くする方法です。例えば、卵を酢につけて何日間かおき、殻がやわらかくなると、それを針でついて中を出し、卵白と卵黄に分ける。先に卵白をぬり、その上に卵黄をぬり重ね乾くと癒えるというようなことが書いてあるんです」
―そんな原始的なやり方で、肌の色が白くなるんですか。
「なるんです。私、やったんですよ。(笑)ホントに白くなりました。さらに白くなりたいならウグイスの糞を塗るといいとか、しまいには“なんでもいいのか”と思わせるほどいろんなものを塗って、白さを求めているんです。髪の毛がぬける、生えないなど、病気の種類も20項目以上記されています」
気血水を整えることで丈夫な肌を作る
漢方ではあくまでも内から治すのが中心
―漢方的にみて一番大切なことは何ですか。
「美容においても、やはり気血津液(しんえき)をいかに整わせるかが大切です。何かできているとなると、その処置と漢方治療ということになりますが、あくまで気血津液の乱れを治すことによって内から治すという方法が中心です。ただ、思春期に出てくるニキビや炎症の強い湿疹など化膿しやすい体質の人には、清熱剤と言って、抗炎症や抗菌の生薬があります」
―丈夫な肌を作る。
「気血津液を整えることで丈夫な肌を作りますが、そのためには食生活が非常に重要です。患者さんにお話ししているのは“自分の皮膚は自分の体と自分の食べた物が作っていると思って食事をしてください”ということです。ビタミンや鉄、カルシウムなどの栄養素を考える事も重要ですが、漢方には「五気六味」という考え方があり、その食材が冷やすのか温めるのか、又は五臓のどこへ作用するのかを考え、体質を改善することにもなります。また季節のものを食べる事、それがその季節の体を補ってくれます。体に良いものを上手にとることが良い肌を作ることになるのです」
内側から皮膚にいいものを
―具体的には。
「春ですと、軽くあたためて気を発散させる、気を巡らせるものを少しとり入れることが大事です。しそ、ネギ、ショウガとかです。夏は体の余分な熱を取り、潤いを与えることが大切ですから、きゅうり、トマト、なすなど、夏野菜。秋は冬瓜、とうもろこし、かぼちゃが出てきます。冬になると、温かい牛肉、羊肉、根菜類や、にんにく、しょうがなど、気をめぐらしながらしっかり温めるものがいいです。内臓が冷えていると気血のめぐりが悪くなり、血色の良いハリのある皮膚ができません。
夏は、汗もかき血行も良くなりますが、紫外線やクーラーで肌の水分が奪われ、そのままもっと乾燥する秋冬に向かうわけですから、内側から常に皮膚の栄養を考えて食事することが必要です。結局は全身に行きわたり元気になるのです」
食物繊維、栄養素も同時にとれる根菜類・緑黄色野菜
―根菜類がいいのは。
「根菜類や緑黄色野菜が良いのは、野菜にしっかり、栄養素を持っていることです。土壌内の水分と微生物、栄養素をぎゅうっと吸い上げて野菜内の栄養分と置き換えているんです。又、ファイトケミカルという抗酸化物質も野菜内で作られます。
食物繊維、微生物、ビタミン、ミネラル、ファイトケミカルも同時にとれる。そして、食物繊維は良質の腸内細菌を保持するために必要です。野菜が成長できる基礎となる栄養素と水分をそのままいただけるわけです。これはいいですよね」
内面だけの治療で皮膚病を治すことも
―皮膚病に効く漢方薬は多いですね。
「たくさんありますが、それは表面からみた処方です。時には、直接皮膚病の効能をもつ処方を使わずに、まったく内面だけの治療で治すこともあります。例えば、食生活もそんなに悪くないのに湿疹ができやすい場合、胃腸の力を助けてあげて、老廃物を体から出してあげることで、湿疹が出なくなるというケースです。老廃物のたまりが原因だったわけで、皮膚病の薬を処方しないで治癒させることもあります」
―皮膚科の患者さんへの治療方針は。
「皮膚科に限りませんが、当院では、生活のリズムから食生活までお聞きして、全身から診て治療に結びつけます。ちょっとした湿疹であっても、それが何か別の病気のサインである場合もあるからです」