何の前触れもなく、突然強いストレスが襲いかかることがあります。例えば自分自身の病気の発覚や親しい人が亡くなること、また予期せぬ自然災害(大地震や大水害など)に遭遇し、突然厳しい環境での避難所生活を強いられることなど。よほど快活な人でも、前途を悲観し、途方に暮れてしまいます。そんな時、漢方は大きな力を発揮しています。その事について中本先生にお話を聞きました
いきなり不便な生活を強いられる
―先日、大地震で被災された方のニュースを見ました。
「世界的な異常気象の影響でしょうか、大きな自然災害が多いようです。突然、予想だにしない自然災害に襲われ、不便な生活を強いられてしまう、被災された方は本当にお気の毒です。
特に、大地震の場合は、余震の恐れがありますから、発生直後しばらくは困難な状況が続きます。普段、健康な方でも精神的にまいってしまうことがあるのも無理ありません」
精神的、体力的に大きなダメージ
―震災の現場は混乱し、将来の不安は大きくなるばかり、なかなか気は晴れませんね。
「被災された方々は、いきなり環境の違う場所での生活を強いられます。それに、また同じ事が起こるのではないかと言う恐怖もあります。また、気候の問題もあります。普段は便利な生活で冷暖房での室温調節が当たり前になっていますので、突然の寒い、または暑い不快な環境や入浴や着替えもままならない環境に遭遇してしまうのです。
休むといっても、一人静かにと言うわけにはいきません。体育館などの冷えた硬い床の上で、他人と枕を並べて・・・。と言うことになった時、精神的に体力的にかなりのダメージがあります。
人は、予想外のショックな出来事に遭遇した場合、心理的には1.驚き→2.怒り→3.おちこみ→4.受け入れ、という感情の変化を体験することが多いとされています」
漢方薬が役立つ
―震災現場で漢方薬が使われていますか?
「災害時には大きく分けて、災害が起こってから環境が落ち着かない初期段階と、数週間経った中後期で対応する内容に違いがあります。
東北震災の場合では、初期の段階で、"強い冷え"が原因で疲労や心理状態が悪くなった場合にとても漢方薬が役に立ちました。東北の3月は雪も降り、氷点下の気温が続いていました。漢方的には身体は下腹部にある丹田のあたりに生まれ持った種火(命門の火)を具えており、強い冷えやストレスでは命門の火が衰えると考えています。車で例えるとエンジンの様なものです。エンジンが冷えると車はスムースに動きません。身体も同様で、毛布にくるまっても、身体の深部に冷えが滞ってしまうと、筋肉痛、腰痛などの関節痛、頭痛、便秘、しびれ、内臓の代謝力まで低下し、ぐったりして動けない等の症状も引き起こします。このような場合、鎮痛剤よりも身体の冷えを改善して回復に向ける漢方が効果的です。当帰四逆加呉茱萸生姜湯、麻黄附子細辛湯、葛根湯などを体調と体質に合わせて使います。身体を温めるということは、エネルギーをもう一度生み直すことで、気の流れを良くし、身体も気持ちも楽になります。"救われた気持ちになった"と言う人が多かったそうです」
日が経つにつれ感情も変化する
「数週間が経過すると、徐々に日常が戻ってくると同時に、"なぜ私が?"、"どうしてこんな事に?"という怒りや不安、落ち込みがおそってきます。このような感情の変化は災害時では特に大変なことですが、様々なかたちで日々経験することでしょう。
そのような場合には、"気滞"(気のエネルギーの滞り)や"気虚"(気のエネルギーの低下)、気虚気滞(それらの混合型)が起こります。一人ひとりの体質や、受けたショック、感受性によって症状は異なります。体質的には内傷七情といって、体質的に五臓の何処に負荷がかかりやすいかによって感情の表れ方も変わります。七情とは、"心:喜、肝:怒、脾:思、憂、肺:悲、腎:怒、驚"の7つの感情と五臓の関係のことで、逆に同じ感情を長く抱き続けることでも身体に悪影響が現れます」
生活のリズムを失わず、運動をこころがける
―大災害に直面して、精神的、肉体的にくじけないためには、どうすれば。
「大災害に遭えば誰でも、程度の差はあれ、打ちひしがれた思いをします。そんな時に大切なことは、気をしっかり持ち、生活のリズムを失わないことです。それに少しでも運動することが大切です。熊本の震災では、足助式医療體操協会の米澤講師の知人や有志の方々が"こんな時こそ足助体操を!"と皆さんに伝えてくださいました。足助体操は自分の寝るスペースがあれば寝ながらできますし、疲れて硬くなった身体をほぐし、便秘解消にもなる知っておいていただきたい体操です。
そして普段から栄養素のしっかりしたものを、おいしく味わっていただくことが食事のポイントです。
食べたものは、五臓六腑に入っていくわけです。サプリメントのようなものを飲んで、"ビタミン、鉄分はとっているから大丈夫"というのだけではいけません。やはり食事も五臓六腑に響き渡るような食事の取り方をしてほしいものです。それが困難にも立ち向かえる身体作りに繋がると考えます」
五臓六腑に響きわたる食事の仕方
―"五臓六腑に響き渡る"食事というのは。
「五臓とは、心、肝、肺、脾(胃腸系)、腎のことで、六腑は、大腸、小腸、胃、胆、膀胱、三蕉を指します。身体のすみずみまで、という意味で、よく"五臓六腑にしみわたる"と言います。具体的には、旬のものをおいしくいただくとか、辛・酸・醎(塩辛い)・甘・苦・淡(六味)の味覚と熱、温、涼、寒、平の五気のバランスをとることは五臓を健康に保つために必要です。五臓から七情も安定することで健康な心身に導きます。昔の人は食事するとき"五臓六腑に響き渡るような食べ方"を実行していました」
一日も早く復旧されますことを祈念いたします
―今、自然災害からの復興現場で、漢方が活躍している。
「人類2~3000年の智恵と言われる東洋医学が、今、大災害からの復興の現場で見直されています。身体全体をみて治療を進める身体にやさしいアプローチが評価されているのだと思います。
被災されたみなさんには、震災前の静かな生活に、一日も早く戻られることを祈念いたします」